東海道day8 東海道五十三次

自転車で東海道五十三次の旅day8② 桑名宿から四日市宿まで

桑名宿を出た時点で15時すぎだったブロンプトン東海道五十三次の旅Day8。ちょっと名古屋でゆっくりしすぎたかなと思いましたが、まあしょうがない。今日は行けるところまで行きたいと思います。それでは桑名宿を出発です。

ルート案内「13kmのロングコース」

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桑名宿から四日市宿の間は、約13kmのロングコースです。とても平坦な道なんですが、クランク状の曲がり角が続く箇所や川が多く、スピードが出しにくい道になっています。見所は、随所にある常夜灯でしょうか。伊勢国から近江国にかけて、今までの地域と比べるとかなりサイズが大きくなります。

旧街道を進む

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桑名を出発すると、ひたすら南西方向に進みます。道の両側に少しレトロな住宅が並んでいます。

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員弁川という川の手前に安永立場というところがあり、安永餅という名物があったそうです。その付近に大きな常夜灯がありました。

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東海道の道標と伊勢神宮への祈願をかけて、商人たちによって寄進されたものようです。ここから先、いくつか目にすることになりました。

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員弁川を渡ります。このあたりは砂が多いです。

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近鉄朝日駅の遮断機。この手前に縄生一里塚跡があったらしいのですが、よくわからず。時間も時間なので、猛スピードで進みます。

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朝日町の街並み。良い感じで寂れてますね。このあたりの旧街道はずっと平地なので快適に走れます。

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集落を抜けると田んぼがあり、長閑な雰囲気もあります。

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朝明川を越えたところ。このあたりはずっと変わり映えのしない町がつづきます。

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古い木造住宅も多いです。左のような蔵があるお宅も。朝日駅からスピードに乗って走れてたので、写真が少ないです。

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雨が降りそうで降らない怪しいお天気。この旅で箱根の山の中以外は雨に降られませんでしたから、そろそろ来そうですね。

冨田一里塚跡

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JRの関西本線を越え、そして近鉄名古屋線を越えたところにあるのが、冨田の一里塚跡です。石碑方式ですね。

クランクの多い街道を進む

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このT字路を右折。冨田一里塚の前後は、こんな感じに街道がクランク状に曲がってます。ただ真っすぐに進む道をあるので、旧街道とそうでない道を区別しながら進む必要があります。

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明治天皇の石碑。このあたりは冨田の立場茶屋があり、桑名の焼き蛤をここで売っていたそうです。明治天皇も蛤を食べたんですかね。

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この周辺は大きめのお屋敷が多いです。

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道端にさらに石碑が。これは戦争でお亡くなりなった方の忠魂碑でした。東海道沿いには戦争の爪痕も多く残っています。

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明治時代に、この地域に引いた用水路の記念碑。その横のあるのが力石。この地域でお寺のお堂を建設する時に、作業員がこの石で力くらべをしたそうです。一緒にまとめて置いてるんですね。

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米洗川手前にある常夜灯。この地域のものは大きいですね。

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米洗川に差し掛かった時に、再び空模様を確認。ちょっと青空が見えてきました。

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本当にこの地域はクランクが多いです。防衛拠点にでもなっていたのでしょうか。

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さらに進んだ街道の様子です。一本だけ街道の松が残っていますね。

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古いですが大きなお屋敷が本当に多い。

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そしてまたクランク状の角。この地域全体が城下町のようです。

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レッドバロン四日市店の前で、国道1号線に合流。次の海蔵川まで国道1号線を進みます。

三ツ谷一里塚跡

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海蔵川手前。国道1号線と分岐してすぐのところに、三ツ谷一里塚跡があります。ゴミネットのある生活感漂う公園です。

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どうも本当の一里塚は川の拡張工事でなくなったようですね。とりあえず記念碑だけ作ったようです。

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川を渡ったところの旧街道。商店街のようになってきました。もう少しで四日市宿です。

浮世絵 四日市宿

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四日市宿の浮世絵は宿場手前にある三滝川から海側を見た景色です。宮宿から船で四日市宿まで来る「十里の渡し」という航路が東海道にはあり、その船着場が見えているそうです。

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現在の風景です。四日市の工業地帯が見えますね。その向こうが海なんですが、ここからは見えません。目の前の橋を渡るとそこが四日市宿です。

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橋の上から海側を撮影。やっぱり海は見えません。

四日市宿に到着

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四日市宿は目印や記念碑が、宿場があった場所にほとんどありません。民家にかろうじて東海道の案内看板がありました。

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現在の宿場町の風景です。観光のかの字もない普通の街。

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この辺りが本陣跡なんですが何にもない・・・前方に見える道を横断して、赤い看板の仏具屋さんまで行くと、もうこの宿場は終了です。

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仏具屋さんの前に古い道標が。このあたりでは江戸道って呼ばれてたんでしょうか。

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文化7年、19世紀前半の江戸時代に立てられたものですね。この宿場、本当に何もないんです。

お昼ごはん!四日市の街へ。

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宿場町は寂れてますが、四日市の中心街は鉄道の駅がある方、宿場町から見て西側にあります。こちらはかなり大きいです。さすが県庁所在地。

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時間は17時すぎ。晩ご飯には早いし昼ごはんには遅いしという時間だったため、ほとんどのお店が閉まってました。ということで目の前に現れた店へ。

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万病に効くと言われている天一のこってりラーメンw 土地勘のないところで、しかも中途半端な時間にご飯を食べるところを探すのは難しいです。


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