前日は横浜の超キレイなカプセルホテルに宿泊してしっかりリフレッシュ。
朝起きてから、前日のゴールだった保土ケ谷宿へ移動しました。スッキリしすぎて、保土ケ谷宿の本陣跡なんかを撮り忘れてしましましたがw
ということで、折り畳み自転車ブロンプトンで行く東海道五十三次の旅、2日目、スタートです。
目次
ルート案内「9kmの丘越えコース」
保土ヶ谷宿から戸塚宿までは、約9kmの大きな丘越えがあるコースです。
保土ヶ谷宿を出ると丘越えがスタート。有名な権太坂を登り、丘を越え、境木立場というところで武蔵国から相模国に入ります。後半はほぼ平坦な道ですが、交通量が多い2車線の道なので事故には気をつけてください。史跡としては、品濃一里塚という現存する一里塚があります。
保土ケ谷宿の出口からスタート
ここが保土ヶ谷宿の出口、上方見附というところです。昔はここで宿場に出入るする人々を監視していたそうです。
ちょうどこどもの日の近くだったので、鯉のぼりが飾られていました。
最初は国道1号線を進むのですが、ここで車の向こうにある細い旧道へと向かいます。帰ってから車に遮られて道が写っていないことに気づきました。
2日目になると旧街道を通っているなという感覚がわかるようになりました。独特の空気があります。
元町ガードという交差点を左に曲がります。
駅伝でよく聞く権太坂へ
少し行くと右手に小さな坂が見えてきます。これがお正月の駅伝でよく聞く権太坂です。
駅伝ではは新しい道を走ると思うのですが、こちらは旧街道の権太坂です。
狭い道なのですが傾斜はかなりあるので気をつける必要があります。あとこの坂は結構長いです。
坂道を登りきった!と思ったところに、高速道路を渡る橋があります。けれど橋の向こうはさらなる上り坂でした。
坂の途中にある権太坂の石碑前で記念撮影。
近くにあった案内看板です。
権太坂の由来は道端の老人に坂の名前を聞いたら自分の名前を言ったからという話らしいです。昔はここから眺める神奈川の海が美しかったらしいですが、いまは見えません。
そしてまだまだ登りが続きます。ちょっと自転車を押して進んだりしましたが、まだブロンプトンでも登れる坂です。
そしてちょっと坂が緩やかになりました。坂の切れ目が見えてきたので、もう少しで頂上です。
権太坂から初富士山
もしかすると見えるかもしれないと思い、少し道を外れて西側を見てみると富士山が。この旅、はじめての富士山です。この後、飽きるほど見るんですが。
権太坂を上り切ると、次は下り坂に
権太坂を登り切った!という思いは一瞬で終わり。すぐに下り坂が始まります。
下りが一旦落ちついた箇所です。この先が突き当たりになります。
この突き当たりを右に曲がります。
宿場の間にある休息場、境木立場跡
先ほどの突き当たりから少し行くと、やや開けた場所に出ます。ここが境木立場という休憩所があったところ。また武蔵国と相模国の境界線だったそうです。
境木立場では休憩中に食べる牡丹餅が有名らしく、西に富士山、東に東京湾が見渡せたそうです。当時の旅人は糖分を補給しながら景色を楽しんでいたのかもしれませんね。
この辺りで立ち止まる人が多いからでしょうか、戸塚宿周辺の観光案内板が立てられていました。
下り坂の途中に、品濃一里塚
境木立場をすぎると一気に焼餅坂というかなり急な下り坂が始まります。
このあたりが一里塚の跡らしいのですが、正直両脇が少し盛り上がってる土地くらいにしか見えません。左右現存の一里塚です。
周りを見回すと、一里塚を示す立て札がありました。
こんな感じの盛り上がった土地なのか、それとも切り開いて道を作ったのか、ちょっとわかりません。
こちらが反対側です。ここも盛り上がった部分なのか切り通して道を作ったのか。ただこの辺りに一里塚があったのは確かなようです。
さらに下り坂を進むと歩道橋に
一里塚を過ぎると、さらに住宅街を通る坂を降っていきます。
住宅街を抜けるとボコボコの道ですね。急坂になりました。
急坂の奥に階段が、案内看板によるとここを降りるようです。
とりあえずチャリを担いで、この階段を降りました。ブロンプトンは軽いので助かります。
階段を降りると次は歩道橋です。環状2号線という大きな道を横断します。
歩道橋を降りたところに案内看板がありました。この辺りは環状2号線で東海道が寸断されているので、迷う人が多いみたいです。
そして再び住宅街を降っていきます。
この辺りが降りきったところですね。左手に川が見える平らな道に出てきます。
国道1号線と合流
川沿いを進んでいくと国道1号線に合流します。交通量が多いので自動車に要注意です。
国道1号線をまっすぐと思わせて、街道は住宅街を通る脇道へ。
住宅街を抜けると再び交通量の多い国道1号線と合流です。
道は2車線ですが交通量はかなり多いし、大きなトラックも通ります。
周りに戸塚という文字が見えてきました。戸塚宿までもう少しです。
不動坂という緩い下り
道なりに進むと不動坂に到着。ここで国道1号線は、新道と旧道の二つに別れます。戸塚市街地に旧道は渋滞が多く、迂回する新国道1号線ができたようです。
この不動坂。手前から見るとちょこっと盛り上がったところなんですが・・・
そこを通り過ぎると、下り坂になっていました。国道1号線から離れ、再び住宅街を進みます。
前に見えるのがブリジストンの工場です。ここで国道1号線と再び合流です。
そして戸塚宿に到着
江戸見附前という信号機のところに来ました。ようやく戸塚宿の入口に到着です。
戸塚宿 浮世絵
右手の橋が吉田橋、手間に茶店がある構図です。ちなみに絵の真ん中にある左かまくらの石の標識は、妙秀寺というお寺に現存しているそうです。
こちらが現在の吉田橋です。茶屋はありませんが、似たような構図で写真が撮れました。
線路で分断されている戸塚宿
そして戸塚の街中です。初めてきたんですがキレイな街で住み心地がよさそうですね。
まっすぐ街中を進むと、線路で行き止まりに。
立て看板の情報だと、昔、ここには大きな踏切があったそうなんですが、今は歩道橋に変わったそうです。
横に戸塚宿の見所が書かれた看板が出ていました。この日は小田原まで行くことにしていたので、観光はできませんでした。
こんな感じの歩道橋を渡ります。
歩道橋から見た戸塚駅。
歩道橋を渡った向こう側の風景。再開発をした街なんでしょうね、新しいマンションが多いです。
戸塚宿 本陣跡
こちら、渡邉さんが管理していたという渡邉本陣跡です。碑文が残っているだけです。
こちらは、もうひとつの本陣跡みたいなのですが、現在は飲食店になっているようです。
このあたりで戸塚宿は終了。次の宿場、藤沢宿へと向かいます。
つづく
“東海道五十三次day2-②戸塚宿から藤沢宿まで”
“東海道五十三次day1-⑤神奈川宿から保土ヶ谷宿まで”
“東海道五十三次day2まとめ・距離・時間・ルート・予算”
“東海道五十三次の旅「日本橋から京都」全行程まとめ!”