庄野宿まで順調に旅をつづけられたブロンプトン東海道五十三次の旅day9。
今日は休息日にして伊勢神宮に行く予定なので、次の亀山宿がゴール予定。さっさと到着して移動したいと思います。
目次
ルート案内「8kmの上り坂コース」
庄野宿と亀山宿の間は、約8kmの上り坂コースです。この先の鈴鹿峠へ向けて、徐々に傾斜がついてくる感じですが、ブロンプトンでも十分登っていけます。
見所は亀山の町。商店街のある新しい町、古い住宅が残る町が入り乱れていて面白いです。
旧東海道を進む
庄野宿を出て国道1号線を横断したところです。下に見えるのが東海道。1号線を作る時に寸断された道だと思います。
そして旧街道を快適に進みます。少しアップダウンはありますが基本的にすごく走りやすいです。
ちょいちょいルートを間違ってないか立ち止まるので、その時に撮影。本当に天気のいい日でした。
中冨田一里塚塚跡
旧街道を進むと最初に現れるのが中冨田の一里塚です。
案内看板によるとこのあたりは亀山との境界線だったようです。
そしてなぜか同じ年に作られた案内看板。こちらには近くに御馳走場というところがあって料理で大名をもてなすようなことが行われていたと書かれています。この2枚の看板、1枚にできたんじゃないかと思いますが・・・
旧街道を進む
一里塚を過ぎると東海道は安楽川を越えた向こう岸へ向かいます。
川の上から一枚。明日、越える予定の鈴鹿の山々が見えてきました。
川を渡ってしばらくいった交差点です。高い建物がないので風が通って気持ちいいです。
そして東海道は狭い路地に。ちょっと住宅街の中に入ってきましたね。
関西本線の遮断機を渡ります。近いところに井田川駅があるようでした。
道端で見つけた謎のスペース。畑?遺跡?石垣も組んであるんですけど、何なのでしょうか。
そして再び国道1号線。ここを横断した正面の道が旧東海道です。
徐々に旧街道は上り坂に
この辺りから徐々に上り坂の傾斜が強くなりはじめます。
とはいえ、自転車が漕げなくなるほどでもないので、まだ快適に前進。
新しい住宅も多くなり、徐々に亀山の市街地に近づいている感じがします。
進んでいると目の前に大きな木が見えてきました。これは一里塚ですね。
和田一里塚
こちらが和田の一里塚。立派な木のある一里塚だなと思いました。
しかし、立て看板によると、道路の拡張で一里塚はなくなってしまい、復元した一里塚のようです。ここまで立派なものを作るんですね。
亀山の周辺は江戸の道として、いろいろ整備・保存がされているようです。その説明看板。
亀山に近づく
一里塚を過ぎると、坂もなだらかになり、両サイドには住宅が並びはじめます。
目の前の郵便局には亀山本町と書かれています。もう亀山の街に入っているんですね。
お城を模した謎のお店が目の前に、ここからもう少し進むと亀山宿になります。
亀山宿に到着
この辺りが亀山宿の江戸見附。右に曲がると宿場町です。
現在の宿場町は商店街です。
商店街の端の方で本陣跡を発見。ここで記念撮影します。
そして亀山城の方角へ進むと、城下町特有のクランクした道です。クネクネ曲がりながら進みます。しかもここは高低差もあるんですよね。
東海道から離れ、ちょっと登ったところにある亀山城の入り口まで行きました。この後ろに多聞櫓という天守閣だった建物が残っているらしいです。登っただけで満足して、見るのを忘れてしまいました。
この付近が亀山宿の京方見附跡。ここで浮絵絵のモデルの場所を撮影し忘れていることに気づき、急いで戻りました。
浮世絵 亀山宿
ここの浮世絵は亀山城へと登る大名行列だそうです。
一応その辺りの写真を一枚。前の交差点を左に曲がった坂が絵のモデルらしいです。
野村の一里塚
本日、宿泊する予定のホテルが亀山宿と次の関宿の間にあるため、今日は次の一里塚まで行くことにしました。
こちら現存する野村の一里塚です。樹齢は400年ほどですので、江戸初期に植えられたものですね。
亀山駅に向かう
今日の東海道の旅はここで終わり。伊勢神宮に行くために、亀山駅へ戻ります。ここは途中にあった岡田屋さんというお店の前。
高台から亀山の街が見えたので1枚撮影。
こちらはお城の方角です。
そして亀山駅に到着。ここからはブロンプトンお得意の輪行で、伊勢神宮へと向かいます。
つづく
“東海道五十三次day9-②庄野宿から亀山宿まで”
“東海道五十三次day9-①石薬師宿から庄野宿まで”
“東海道五十三次day9まとめ・距離・時間・ルート・予算”
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